はなちゃん、もうすぐ19歳。Hana’ll be 19years old.🐱

推定誕生日、2004/03/29 。白と黒のハチワレ模様のはなちゃんは、心臓と腎臓に厄介な病を抱えている。

はなの心臓は幼猫のころから何かしらあって、空咳が多かった。いつの間にかそれは無くなって、元気にたくさんの季節を過ごしてきた。

なのに、今年の2月からまた咳が。今回はどうやら喘息のようで、ザーザーとかゴーゴー、ヒュー、ピーなど副雑音がする。心拍数は200近くになる。

発作が始まるとはなを酸素ジェネレータの傍に連れてゆき、鼻近くにノズルを近づけ発作が収まるのを待つ。見た目の咳は止まっても呼吸の雑音が無くなるまで酸素を吸入させる。

慢性腎臓病はそれなりに進行を遅らせることに成功しているのかもしれない。診断がついてからおよそ三年か。1日1回の薬、フォルテコールのジェネリック薬品を混ぜたウェットフードを食べてくれる。

数日前、誕生日を待たずに大好きなカツオのお刺身を買って食べられるだけ食べさせた。鶏肉などのお肉はあまり食べなくなり、魚はマグロでもキハダとかメバチなどあまり食べなくなった。本マグロは食べる。そして、焼き物の塩サバも欲しがる、、、(´×ω×`)

普段よく食べているようすなのに体重は減少傾向。若いころは4.5キロはあったのに、今は3.5キロ付近。

嫌がる治療や投薬はもう行わないので、心臓、腎臓と同じく喘息とも上手く付き合うのみ。

🐈 🐾 🐈 🐾 🐈 🐾

はなちゃんは、気分が外向きになるとビニルシートを貼ってある廊下をとことこ歩く。もう走らない。階上へ上がって端から端まで探検すると、まあまあ満足してくれるので、抱っこで部屋に戻る。わずか三分の探検。

今年、近所の桜が早くから咲き始めた。アパートの廊下にでれば、きっと匂いが流れて来ているはず。

桜の花が満開のうちにはなちゃんの気持ちが外へ向いてくれたら、お花見ならぬ、桜の香り会と洒落こもう、廊下だけれど。

ゆっくりゆっくり歳を重ねてほしい。一日一日の無事を祈るのみ。

はな、先代のモカを好きになって自分からうちの子になってくれてありがとう。

This is an old picture.Some cats passed away.

白髪の無いはなちゃんと故猫たち。
後列左から、× 琥珀、×モカ、小梅、×のん。
前列左から、はな、まーくん。

そこそこ平和な動物舎、みんな、ありがとう。

黒猫が4~5日ぶりに食べた

慢性腎不全の黒猫、おばあちゃん猫でる。

大切な大切な大切な娘である黒猫の小梅。6月には満18歳になる。不調になってここ4~5日は飲水もなく、食べなくなっていた。

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無料ギャラリーにあった黒猫。顔が若い。小梅にもこんな頃があった。

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今朝、2023/02/10になって、やっとウエットフードを少し食べた。嬉しかった。

小梅には皮下輸液をしたことはなく、今回の不調におちいったとき、どうするか考えた。

舌なめずり、お口クチャクチャ。

ネコの気分が悪いときにみられる動作、何とか気持ち悪いのをましにしてやりたい。

腎不全からくる脱水症状は、はなちゃんも小梅も何年か続いている。

はなちゃんは、皮下輸液を継続していたがやがて嫌がるようになり、辞めた。小梅は皮下輸液がなくても良好な状態で過ごせていた。

2匹とも腋窩で38.6度の体温。小梅は気分の悪いときの動作をする。考えに考えて小梅に皮下輸液を試すことにした。輸液ははなちゃんの残りがあった。

穿刺のときと、始めのリンゲル液が皮下に入るときに「シャッ」と短く怒っていたが、常温で30mlを入れることが出来た。水曜日の深夜である。

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23G(ゲージ)というかなり細い針で穿刺の痛みは最小限にできる。24Gを故猫のんちゃんに使っていた。細すぎてたくさんの輸液を入れるには時間がかかった。そのかわり不快感は小さくてすんだようで、のんちゃんはおとなしかった。

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翌日の木曜日、2023/02/09。もし、皮下輸液をしたらもっと怒るだろうな、これが最後のチャンスか。これでなんとか良くなってくれたらいいのに。

19時半ころ嫌な気配を察した小梅はテーブルに逃げた。用意をして輸液をとったシリンジ、翼状針、ヘアピン、ハーネス、短いリードをもってテーブルに行った。

当然、逃げようとしたが、ハーネスを付けると引っ張らなくてもじっと座ってくれた。

とくに最初の1滴は慎重に静かにゆっくりで。

なぜ、ゆっくり静かに輸液を注入するのか。

病院で獣医師のやるようにピストンを躊躇なくずずーっと押し込むやり方は、皮下に一気に入ってくる輸液の刺激が大きくて生き物には強い不快感を与える。時間に追われる病院では仕方あるまい。お家では、刺激の小さいやり方をしてやりたいと思うではないか。

最初の一滴のあと、1ml~5mlは、ゆっくりと入れて皮膚が輸液の感覚に慣れ始めたら、小梅に声をかけ左手で頭をなでつつ、右手はピストンを押し込んでいく。30mlで23ゲージの針なら疲れることなく片手で押し切れる。

穿刺のときは水曜日よりも、「フゥ~ッ」と強めに威嚇の声をあげた。リンゲル液が入るとき再度声をあげたが、30mlを入れさせてくれた。

そんなことがあっての今朝のごはん。やはり、食べないので、ボウルの場所を変え自分の枕元に置いていた。

数分後、小梅がベッドの足元側の電気マットから歩き出して枕元のボウルのフードを食べ始めた。

「偉いねー! ごはん、たべられたね。いい子いい子😭」

目の前の、命の危険を遠ざけることができた。

一方、はなちゃんは、一日の中での食欲ムラが大きいがそれなりに食べてくれるようになっている。

はなと小梅が普段使う電気マットは母のベッドの足元に置いてある。2匹が特に不調になってからは、酸素ジェネレータからのチューブにネプライザー器具をつけ、そのマットの上から酸素が降り注ぐ形に変えていた。

普段は部屋の壁にチューブの先端をピンでとめて、部屋全体にじんわりと酸素が渡るようにしている。そのチューブの場所を変えて不調解消に役立てられたら、と移動したのだった。

「いっそ酸素ルームにすればいいのに」

多くの方はきっとそう思う。大人しくそこに入ってくれるワンコ、にゃんこも多いようだ。でも、うちの姫猫達は普段のようすからして、望まない形で閉じ込めらるのは拒否するだろう。

はなちゃんは、頻脈性不整脈がひどく、寝転んでいても呼吸数40~60回、心拍は160/分が普通になっている。酸素を供給するようになってからは、呼吸数40回程度に落ち着いている。心拍数はなかなか落ちない。血圧もやや高めの時が多い。

ネコは呼吸数20~30回なら正常範囲である。

小梅は呼吸数25~30、心拍数60~80回である。食べられなかった数日の間も変わり無かった。

慢性腎不全の老猫、小梅が今回何とか持ち直したのは、結果からすると、酸素(93%、1L/min)を与えたことと、リンゲル液30mlの皮下輸液2回、フォルテコール服用中止、だと思う。

まだ目は離せないけれど、病気なりにもっと元気をとりもどしてくれたらと願う。3回目の皮下輸液は拒否されるだろうから、このまま回復して欲しい。腎不全のお薬、フォルテコールもまだ数日は止めておこう。矛盾するようだが薬の作用・副作用がしんどいこともあるのだと思う。

【生き物が嫌がる治療はしない】

昨年決めた、動物舎の新しい方針。

今日は若いにゃんこ達に猫じゃらしのサービスを多めにしてやろう。姫猫達の養生のために我慢してもらっていたから。

姫猫達の観察と猫じゃらしで忙し動物舎。

明日、母はいつものお仕事で外出するけれど、みんな生きてお留守番していてね。

シニアのにゃんこ達、不調に陥る

先週の2023/02/07 水曜日に、ネコによるネコの圧迫死未遂事件があった。

西の出窓の方から、へふへふへふと変な声がして、東のテーブルを慌てて離れた。

はなちゃんが赤い舌を少し出して、ぐったりしていた。

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※ 写真や動画をアップロードしようとしたが、何度やっても途中でフリーズしてしまいできなかった。wordpressのメディア用ストレージからいくらか削除したにも関わらず。。。

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舌が出ていることに慌てて身体全体を観察できておらず、まーくんの前足二本が肺のあたりを押さえつけていることに気がつくまで3秒はかかった。

はなの体を出窓から引っ張り出して母のベッドに移した。酸素ジェネレータのチューブを鼻の近くに持っていき背中をしばしさすった。3分もすると普通に歩きだしてことなきを得た。

この日から、はなちゃん、数え年で19歳なのだが、浅く乾いた咳が目立つようになり、食欲、活動、ともに著しく低下した。

へふへふへふと音が聞こえるたびに、酸素を吸わせてと背中をなでなで。1日のうちで2回くらい、咳がある。それは二分ほど続く。落ち着くと、5~6分後に再度、咳が出る。

2回目の咳が収まるとそのあとはもう数時間ほど咳は出ない。

はなちゃんは心臓と腎臓、大切な臓器がポンコツになっているので仕方ない。

はなちゃんがそんな状態だというのに、小梅まで不調に陥った。こちらは数え年で18歳、2年くらい前から腎臓がポンコツになっている。食欲廃絶といっても大袈裟ではないくらいになった。

既に病気なのだから不調に違いないが、より深刻な不調は突然やってくる。。。

気分が悪いようで、舌なめずりをしたり、何も入ってない口をクチャと動かしたり。ちゅーるにも顔を背ける。小梅も不調だと気づいてから2023/02/08で三日ほど経った。

今日、小梅は昼間にやっと動いてラビットケージの上で少しの間、日向ぼっこをしていた。でも、食べない。

歳をとってから日に日に痩せて背中はゴツゴツと背骨を直に感じるほどである。はなちゃんの方は、まだ少し皮下脂肪がある。それでも腰のあたりの肉はごっそりなくなっている。

はな、小梅のお腹の張りを三本の指先で押さえてみて、健康体と比較したが明らかな差異はなかった。聴診すると腸の動く音は聞こえたので少しほっとした。

はなちゃん、小梅、ともに積極的治療や延命措置はしないと決めている。なので、受診していないのである。かつての後悔から「しない」と決めたのだ。

数時間事に呼吸数、心拍数を見て、彼女達のしんどさを推し量る。しんどそうなら酸素チューブを近づける、体を撫でる、声を掛ける。

昨年の暑い暑い夏を乗り切った2匹の姫猫たち。

今になって堪えているのかもしれない。

「もうすぐ桜の香りがするから廊下に出よう」

「四月の、ママの超お忙し時期になったらまたお利口さんにしていてね」

「まだ、<あっち>へ行かないでね、もう少しこっちにいてね」

そんな言葉をかける。

先に橋を渡って神様のお庭へ引越して行った子達には、「まだ連れて行かないでね」と、心底から祈る。

少しだけピリピリしている動物舎。

姫猫達の容態が少しでも回復しますようにと祈るばかりの動物舎。

黒猫、17歳になる。

愛猫、小梅は今日2022年6月10日が推定誕生日。17歳。

テーブルの下、ほぼ一日、母の傍にいる。

2005年7月2日、早朝に拾い上げた。まだ、330gほど、お皿からはミルクを飲めた。ガンと闘うゴールデンリトリバーくんが公園の植栽に隠れる仔猫をみつけてくれたのだった。

ご夫婦がゴールデンくんのリードを持ったまま立ちされずにいて、そこへ通りかかり連れ帰ったのだった。

お姫様として故猫モカとはなにたくさん可愛がられて育ったため、一歳にもならない頃にはのんちゃんを追い出してしまうほどだった。

あの朝から早、17年。慢性腎臓病(CKD)と付き合いながら、気に入らない若い殿猫を元気に追いかけている。

追いかけられるのは白猫の槐。布団の下に潜る彼と間違えられて、母のふくらはぎをがっしり噛まれたのは5月。もう勘弁してねと思いながら、この6月も噛まれた( ˙꒳˙; )

のんちゃんのことがあって、一度は実家で面倒をみてもらおうと四国へ連れていった。その日の夜中に脱走してしまい、2ヶ月ほど大阪から週3くらいで通い、のどが潰れるまで名を呼んだ。

新聞広告をうち、その情報から小梅を見つけ、やっとのことで大阪に連れ帰った。当時、逃がしてしまったばぁばが途方にくれ、占い師にみてもらったという話も聞いた。「3ヶ月ほどでもどる」と言われたらしい。自分のうちに戻る気持ちのある猫ならば、そこまでかからない。占い師も猫を知っているとみえた。

そういえば、大阪から阪神方面へ転居してまもないころ、はなちゃんの目の瞬膜を爪で引っ掻き割いたこともあった。V型に切れ込んだ傷は残るが視力に影響はなかった。そのはなちゃんも3月に18歳を迎えた。

小梅だけは、車の少ない日曜日などは、ときどき猫じゃらしの草を食べさせてやるために、アパート裏の敷地に連れ出してやる。夏場に限ったことで小梅が楽しみにしている。

室内飼育に切り替えてから、一切出さない年月があったが、CKDとなってからは悔いのない人生を送らせてやりたいと、ときどき以前のように外へ出してやるようにした。はなも同じくだが、廊下を歩き階段を上がるも疲れるようで3分もすればだっこで部屋にもどる。

小梅は敷地の外にもでて、歩道を行く人や自転車を見送る。耳が少し遠いようで、車の音に気づかず横切ろうとするので、一方通行の公道に出ているときは見守っている。

そんなこんな、いろいろやらかしてくれる小梅さん。

もう少しここにいて。

四国の実家から抜け出してもちゃんと大阪方面、東へ東へと向かって進んでた、偉かったね。

初めてあった時、逃げずにすんなり抱っこさせてくれてありがとう。

今日も平和な動物舎。

ほかのみんなもありがとう。